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これが初めての恋であるなら

「これが最後と思うのが、最初の恋なんだって」
ゆかりはインスタントのコーヒーの粒をつぶしながら言った。
「そうですか」
高山は適当に相槌を打ちながら湯を入れるゆかりの手を見ていた。
彼女のピンクと白のフレンチの爪を湯気が湿らせていく。

「私ね、晴樹に初めて会った時から恋をしていたのかもしれなかった。こんなに素敵な人がいるのかと思った」
しばらく前に別れたという恋人の話らしい、と高山は思った。
かわいい後輩でいるうちに、気づけばゆかりには恋人ができている。
恋人の話を聞くたびに、気持ちのやり場のない高山は心のなかで壁を殴りつづけた。
そして悲しいかな、その時のゆかりの顔は驚くほど魅力的なのだ。
「でも終わるときは終わるのよね。なんでもそう」
粉は液体になり、湯気をあげる。ゆかりは目を伏せていた。まつげが長い。
そういえばゆかりが終わった恋の話をするのは初めてかもしれない。

「じゃあ、最後の恋はどうなるんですか」
高山は何となく言った。ゆかりはこぷ、こぷと音を立てながら角砂糖を二つ放り込む。
「最後の恋は、これが最初だと思うらしいよ」
「なかなか深いですね」
猫舌の高山は手の中のカフェオレが適温になるのを待ちながらゆかりの話を聞く。
ゆかりはぬるくなったコーヒーカップを手の中でもてあそびながらつづけた。

「私の初恋ね、たぶん、高山くんなんだ。」
初めての恋は、苦い砂糖の味がした。
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冬の鶴/蒲生氏郷と冬姫

「会津に行くことになった」
「まあ」
冬姫は夫・蒲生氏郷の報せに驚いたようだった。
「冬は寒いな」
何気なく言っているが、氏郷が落胆しているのがわかる声音だった。
冬姫は少し考えると、鬱々とした空気に鋏を入れるように言った。
「雪も多そうですわね」
「うん?まあ、多いだろうな」
冬姫の発言に、氏郷は少し面食らった。
「鶴は見られるかしら」
「まあ、見られるんじゃないか」
氏郷が言うと冬姫は手を叩いて喜んだ。
「まあ、素敵。」
「なんだ、鶴くらいで」
氏郷は半ば呆れたように言った。
「あら、わたくし、鶴は大好きですのよ」
「ふうん」
氏郷は気のない相槌を打った。
「冬の鶴なんて素敵。わたくし、鶴は大好きですの…ご存知でなくて?」
冬姫は氏郷の着物の袖を端から歩くように指を動かすと、そこから氏郷の指を握った。
「冬」
「ね、鶴千代さま?」
氏郷が驚いたように冬姫を見ると、冬姫はにこにこと笑っていた。
氏郷は彼女の手を握り返すと、耳元でささやいた。
「奇遇だな、私も冬は好きなのだ」
そのまま耳に鳥のような口づけをすると、顔を見合わせた二人から小さな笑い声が漏れた。



「すまないね、あまり良いものは残せなかった」
氏郷は掛け軸を丸めながら言った。
「何を。あなたが気にかけてくれていただけで」
右近は心から言った。氏郷は少し笑うと巻き終わった掛け軸を右近に手渡した。
「良いものはなるべく妻に残してやりたくてね、あれには苦労をかけたから」
氏郷は長い病のせいか随分と小さく、細くなってしまった手を見ながら言った。
「僕はあれを好いているからね、僕がいなくなっても暮らしていけるだけは、と思っているんだ」
右近は大事そうに掛け軸を受けとると、軽い調子で言った。
「伝えてあげればよいではないですか」
「なんだか気恥ずかしくてね」
久しく蒼白かった氏郷の頬に赤みが差したようだった。

指切りの初夜/吉川元春と新庄局

その男は無礼で粗忽で気遣いなどあってないようなものだろうと思っていた。

「ふうん」

女の顔をまじまじと見るものではない。
ことに自らの容姿に全く自信をもっていない女の顔は。
初対面で無遠慮とも言えるほどに顔を見る男に良い印象は持たない。
嫁ぎ先が見つかったという安堵に忘れかけていたが、この婚姻は熊谷と毛利を繋ぐ婚姻以外の何物でもない。
どこから沸いてきたのかは知らないが、熊谷の娘は不器量だともっぱらの評判だった。
噂をものともせず娶ろうとするその胆の据わりようは感服すべきであるし、また感謝もしている。
だが、聞けば今日より義父となった男の父に犬のような息子と称されたらしいではないか。
品定めをするがごとく視線を浴びせる男に新庄はしびれを切らし、ついに口を開いた。

「あの」
「なんだ、いうほど不細工じゃあないな…むしろかわいいかもしれん」

その男は拍子抜けするほど明るい声で言うと、ごつごつとした手で頬に触れた。
「え、あの」
「うん、かわいらしいじゃないか。愛嬌がある…うん、頭も悪くなさそうだ」
男はいとおしいものでも見るように目を細めて言うと頬に添えていた手を離し、手を握る。
「さて、これからお前は俺のものになるわけだが」
妙な生々しさを含んだ言葉に思わず目をそらしてしまう。
その様子にほほえましいものを感じたのか、男は喉の奥で少し笑ったようだった。
「一つだけ、言っておきたいことがある」
「何でしょう」
「俺より先に死ぬな」
予想外の言葉に目線を上げると、彼は笑っているような泣いているような表情をしていた。
「…わたしにできることでしたら何でも」
「お前にしかできない」
「…はい」
肯定を返すと、彼は座ったままにもかかわらず軽々と体を持ち上げ、布団に押し倒すような形をとる。
「あ、あの」
「さっき言っただろう、俺のものになると」
目をそらすと、ごつごつとした温かい手が頭を撫でた。
「かわいいな、俺の嫁御殿は」

メロンソーダで育つ植物

例えば家族や友達が死に際にいるとして。
いわゆる「最期のお願い」をされたらなるべく叶えてやりたいと考えるだろう。
誰だってそうする、僕だってそうした。

兄であり弟であり親友であった双子の片割れが死んだ。
僕が覚えきれないくらいにやたらに長い名前の難しい病気だそうだ。
日に日に弱る彼の姿を見ていると自分が弱っていく様を見せつけられているようでいたたまれなかった。
彼は死ぬ少し前に僕に言った。
「俺が死んだら一つでいいから骨をうちの庭に埋めてくれよ。暗い所に一人でいるのは嫌だからさあ」

火葬場からくすねてきた骨は思ったよりもだいぶ軽く、握ったら粉々になりそうなくらいもろいものに思えた。
タオル地のハンカチで丁寧に包んで注意深くポケットに忍ばせていたが、部屋に帰るまではいろいろな意味で気が気ではなかった。
再びハンカチを開くまでは崩れているのではないか、もしかしたら粉々になっているのではないかと不安だった。
長く患っていた人間の骨はもろいとどこかで聞いた。
彼の骨がどの程度なのかは他と比べる術がないのでどうかはわからなかったが、ともかく崩れもせずに持ち帰ることができた。

真夜中を少し越えた頃、冷蔵庫に入っていたメロンソーダをおともに彼の骨を眺めた。
それは骨と言えば骨だし、河原で拾ってきた流木のなれの果てと言われればそうなのかと思うような物体だった。
骨を骨たらしめるには何か、ビニール一枚でいいから覆うものが必要で、ぴったりくっついて離れない、そんな何かが必要なのだろうか。
僕は何やら吐き気のような、腹から突き上げる言いようのない衝動を感じた。

きっと、肉と別れた骨に気持ちがあるなら今の僕と同じ気持ちなのだろう。

僕はメロンソーダのグラスに骨を沈めた。
気泡をまき散らしながら骨はメロンソーダの中を泳ぐ。
マドラーでつついてやれば骨はいともたやすく崩れた。
緑の中でぐずぐずになっていく彼を見て、僕はようやく涙を流すことができた。

僕はあらかた崩れて形のなくなった彼をグラスの中身ごと庭のまだ芽の出ていない花壇に撒いた。
僕と彼の最期の秘密はどんな色の花になるのだろう。

文章サンプルについて

ショートストーリー4点を提出します。
歴史創作を2点、オリジナルストーリーが2点です。

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主な制作ジャンル
歴史創作、オリジナル、短歌など

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