「会津に行くことになった」
「まあ」
冬姫は夫・蒲生氏郷の報せに驚いたようだった。
「冬は寒いな」
何気なく言っているが、氏郷が落胆しているのがわかる声音だった。
冬姫は少し考えると、鬱々とした空気に鋏を入れるように言った。
「雪も多そうですわね」
「うん?まあ、多いだろうな」
冬姫の発言に、氏郷は少し面食らった。
「鶴は見られるかしら」
「まあ、見られるんじゃないか」
氏郷が言うと冬姫は手を叩いて喜んだ。
「まあ、素敵。」
「なんだ、鶴くらいで」
氏郷は半ば呆れたように言った。
「あら、わたくし、鶴は大好きですのよ」
「ふうん」
氏郷は気のない相槌を打った。
「冬の鶴なんて素敵。わたくし、鶴は大好きですの…ご存知でなくて?」
冬姫は氏郷の着物の袖を端から歩くように指を動かすと、そこから氏郷の指を握った。
「冬」
「ね、鶴千代さま?」
氏郷が驚いたように冬姫を見ると、冬姫はにこにこと笑っていた。
氏郷は彼女の手を握り返すと、耳元でささやいた。
「奇遇だな、私も冬は好きなのだ」
そのまま耳に鳥のような口づけをすると、顔を見合わせた二人から小さな笑い声が漏れた。
「すまないね、あまり良いものは残せなかった」
氏郷は掛け軸を丸めながら言った。
「何を。あなたが気にかけてくれていただけで」
右近は心から言った。氏郷は少し笑うと巻き終わった掛け軸を右近に手渡した。
「良いものはなるべく妻に残してやりたくてね、あれには苦労をかけたから」
氏郷は長い病のせいか随分と小さく、細くなってしまった手を見ながら言った。
「僕はあれを好いているからね、僕がいなくなっても暮らしていけるだけは、と思っているんだ」
右近は大事そうに掛け軸を受けとると、軽い調子で言った。
「伝えてあげればよいではないですか」
「なんだか気恥ずかしくてね」
久しく蒼白かった氏郷の頬に赤みが差したようだった。
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